●お盆のこころ
わが国の仏教では、お盆の行事の始まりを『盂蘭盆経』に由来するとしています。これには、「神通第一」と称された目連尊者が、亡き母が地獄に堕ち苦しんでいるのを見つけ、母を救う方法をお釈迦さまに相談しました。お釈迦さまは修行中の修行者がその修行のあける日にご馳走をささげなさいと、教えました。目連尊者は教えの通りにしたことにより、母は救われたという逸話があります。
ここ京都府木津川市鹿背山では、毎年お盆を迎える八月は何処のお家もご先祖さまを迎える準備に追われます。まず八月一日(最近では、一日を中心とする前後の日曜日になりました。)村中一斉に出ての墓掃除に始まり、七日の墓参り、十三・十四日の棚経そして盆おどり、十六日の精霊流し、十九日の西念寺での盆施餓鬼会などと行事が続きます。
これらの行事はそれぞれのお家の先亡・先祖の精霊(オショライさんと呼んでいます)が年に一度このお盆に帰ってきて、家族とともに過ごす時期として、ご先祖を大切におまつりする古来よりの習慣と、仏教行事が一つになって、長い年月のなかでつちかわれたご先祖さまを大切にする、この地域の温かい生活習慣となっています。
鹿背山には、昔からそれぞれのお家で、お姑さんからお嫁さんへ、お嫁さんから次のお嫁さんへと、代々伝えられてきたお盆の行事や、精霊(オショライさん)へのおもてなしなどがありました。幸いにこれらに関する十年余り前の調査報告がありますので紹介します。
【盆の行事】
八月 一日 墓掃除(今、前後の日曜日)
七日 墓参り。大きな木のところでオッサン(住職)がおがんでくれる。
ウメタハカ(埋葬墓)でおがむ。
十二日 木津の盆市がたつ。蓮の実・槙・百日草・ホーズキ・ビシャコ・シキビ・菊の花・
菓子・アサガラを購入する。
各家では位牌を仏壇に並べて、きれいに十三日までにしておく。
十三日 小麦の藁でオショライさんを迎える用意をし、家の外の川や道路の近くに、砂を円
く台状にしたところに、日暮れ時になってこれに線香を立てる。(オショライさんの
依り代となる)
夕飯を食べてから小豆(ササギのところもあり)のオカイサン(お粥のこと)をお供
えする。新仏のタナ(アラタナとも云う)の家はこの日にオッサンが参る。
十四日 ボタモチ。キナコを付けたもの。
オッサンが参る。オチャトーをする。手がだるくなるまでオチャトーをしなければな
らない。ナスビアエ・ドロイモ・ゴボウ・みそ汁。
夜食にソーメンを作る。御飯を作って、ゼンコージさんに参る弁当にする。
十五日 朝、オカイサン・漬物。
昼、カボチャ・オアゲ・ゼンマイ(炊いたもの)。
晩、オカイサン。
十六日 朝、オカイサン。
供え物を流すところへながす(今は川が汚れるので木津町がまとめる)蓮の
葉に桃・梨・ブドウ・薩摩芋・ナスビ・胡瓜・御餅・箸をつけて流す。
タイマツを持ってゆく。
『関西文化学術研究都市開発地区緊急民俗調査報告書』に一部追補(京都府立山城郷土資料館・平成二年発行)
興味深いのは十三日から十六日にかけてのオショライさんへのお接待です。
朝食にお粥を食べることはこの地の古くからの習慣でした。炊き立ての白い御飯はご馳走でありました。その他にこの地で生産される食材を使って三度の食事の接待を、また送り出す十六日には、桃・梨・ブドウ・サツマイモなど、この時期収穫できる品々をお土産にお供えするなど、帰ってきたオショライさんに精一杯のおもてなしをされていたことが想像できます。
よくお盆のオショライさんに何をお供えしたらよいのかわかりません。と質問されることがあります。答は、昔の献立を再現してお供えすることが大切なのではなく、お迎えをする側がオショライさんを思いやる心で接することこそが大切ですよと、この報告書は教えをくれています。
(京都・鹿背山西念寺住職田辺英夫)平成十七年八月発行『ひかり』No.546より転載
この文献は、西念寺第32世住職が書き記したものです。地域の伝統や、古くからのご先祖への報恩感謝をしのばせてきたものです。簡素化の世の中ではありますが、この中のひとつでも実際にやってみてはいかがですか。
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